記憶力向上のためには、実は忘れることも重要なプロセスになります。
「記憶における海馬・前頭葉・側頭葉の役割」でも説明しましたが、様々な感覚を通じて脳に入ってくる情報は海馬を経由します。
情報は海馬を経由しますが海馬は短期記憶しかできませんから、時間の経過とともに情報は海馬から消えてしまいますが、重要な情報として選別されれば側頭葉に保存されることになります。
なぜこのような記憶のメカニズムになっているかと言えば、一説によると情報(脳内の記憶)のメリハリをつけるためと言われています。
つまり、情報にメリハリがない状態=どんな情報も記憶している状態では、重要な情報が目立たず、肝心な時に必要な情報を脳内からアウトプットしにくくなるということです。
より脳に刺激を与える情報(=大事な情報)はいざという時に役に立たなくてはなりません。
重要でない情報を忘れるということによって、一方の大事な情報は目立って思い出しやすくなるというわけです。
また、忘れることは、人間の精神的な防御に基づくという考え方もあります。
全ての事象を経験した時と同じように鮮明にいつまでも記憶していられるとしたら、あなたはどうでしょうか?
正直自分は嬉しいとは思いません。
幸いなことにこれまでの人生において、自分で消化できないような非常につらい悲しみや苦しみを経験したことがありませんが、そういう経験はなくても昔の些細なことまで鮮明に記憶しているとしたら、自分とっては精神的にいいとは言えないと思います。
今この時が一番鮮明で、過去に遡ればその記憶は薄くなっていく、というこの記憶のグラデーションくらいが生きていく上で最適な状態なのではないかと思います。
そういった意味では、いいことも悪いことも過去の記憶として薄まっていくというプロセスは人間の精神的な防御システムとしては有効なのではないでしょうか。
そしてもう一つ忘却と関連すると思われるのが、脳の記憶容量との関係です。
脳の記憶容量がどのくらいなのか、膨大だということだけで正確なことはわかっていませんが、無限ということはありません。
それに対して、脳には絶え間なく様々な情報は入ってきますから、その情報量はとんでもないものです。
それらの情報を全て記憶しておくことは脳のオペレーション上効率的とは言えません。
したがって、忘却というプロセスがあるからこそ、脳が効率的に機能していると言ってもいいと思います。
以上のような背景から、「忘れること」は記憶のプロセスにおいて重要な役割を担っていると言えるのです。
記憶力向上と言っても、全ての情報を記憶しておきたいというわけでなく、大事な情報だけを確実に覚えておきたいということに他ならないわけなので、重要性の低い情報はどんどん忘れることが、記憶のメカニズムにおいて重要なのです。
そういう意味で、海馬を経由して大事な情報を長期記憶として側頭葉に保存するという人間の記憶のプロセスはよくできていると言わざるを得ませんね。